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人生をどう生きるべきか(続き) 2013年10月20日 15:54

でもよく考えたら報酬って今まで学習した事に基づいて新しいことを学習した時に得られるものである気がする。
当たり前だが学習は演繹と帰納のようなもので説明される。競争はパラメーターによる帰納である。賭け事は今という普遍からの演繹である。模倣も本質的なものを切り出している点で帰納である。イリンクスも新たに関係性が生まれたという意味で演繹と言えるだろう。
しかしその時には必ず前提となる知識、教養が必要となる。幸い人間には生きて群れに馴染み子どもを成長させて死ぬという教養が生まれながらに備わっている。
特に子どもには褒められるとうれしいという教養がある。そして経験したことがないから分からないが、大人には子どもが喜ぶとうれしいという教養があるはずである。
事実として学校に任せると他より上手くできるかで褒められるかどうかが決まる。これでは人生を楽しむには不足だと思う。
人間は学習で動く。社会とは関係性という意味で学習自体だ。親は子どもに何かをさせたいと思う時は自分でやらなければならない。前提となる学習なしで何かを学習するのは苦痛だからだ。
ピアノならば一緒に演奏しなければならない。絵ならば一緒に描かなければならない。勉強ならば一緒の時間にやらなければならない。
その中で親も人生を楽しめるようになってくるんじゃないか。しかしそれをやるには現代は忙しすぎる。