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2019年3月 facebook

2019年3月5日 18:40

定義の問題として、何かの良し悪しっていうのはつまり目的に適うかどうかだ、っていうのは結構自信があるね。その目的は一つに限らないかもしれないけど、例えば設定された目的が達成される傾向にある、とかかもしれないけども。
その定義の問題というか、例えば「目的に合わせて合意されたルールを捻じ曲げて良いのか」っていう問いも、「良いのか」と聞いている時点で結局は「目的に適うのか」と聞いているように俺には思えるわけで、それを思想呼ばわりされるのは不快だ。

追記:歴史的に見てアマチュアリズムはプロの存在を否定して無いだろうし、もっと言えば俺はアマチュアリズムを掲げた憶えなんて無いんだけどね、プロフェッショナリズムが抑圧として働いていると指摘しただけで。今でこそ働き方改革だとかで穏やかになったけど、ほんの少し前まではニート叩きっていうのは今より苛烈だったわけで、でそこで叩いている奴らっていうのは、ネオニートだとかpha氏だとかをニートじゃないって事にしたがるんだよね。まあだから俺も、今に中二病じゃ無かっただとか、最初から哲学とか言語学のプロだったという事になっていくんじゃないかという気がしてならないね、そんな馬鹿なと思うけれども。俺が一度でもプロだったことがあるのかね、例えばベーシックイングリッシュを始める時も、理論的には勝算はあるが現実的にはまず無理だろうという状況だったわけで、今と何も変わらないわけだよね。それを主義だとかイズムだとかで邪魔しないで貰いたい。大体プロフェッショナリズムって、社会人主義だとか、社会人の前哨戦である大学人主義でしょうに、都合の良い話だよ。

追記2:プロフェッショナリズムを掲げている人って、例えば同業者をざっと眺めて、その人たちの言うことをプロだからって信じるべきだと思うんだろうか。プロフェッショナリズムってそういうことだと思うのだけど。逆にそれ以外だとしたらプロフェッショナリズムとは何なのだ。

2019年3月13日 10:11

「必要条件」という言葉があって、必要っていうのは本当は集合論というよりフローチャートの概念だと思うけど、日本語のあの統語法則は、フローチャートで単語が繋がっていって後から振り返った時に前提になっている、ということなのかもしれない。別に日本語の統語法則(の意味自体)に前提も結果も無いし、仮説でしか無いけども。

追記:読点で区切られたブロック同士の関係を見ると、その説っていうのは結構有力な気もする。

追記2:もっと抽象的に集合論とフローチャートの関係の話でもあるのかもしれない。集合論の何が何を含んでいるかっていうのと、フローチャートの何が何を前提にしているかっていうの、別に後者に集合論の概念が入り込んでいるわけでは無いんだが、なぜかリンクしてしまうという。

2019年3月15日 10:01

ちょうど今日本人で、俺の所に連絡したら手伝ってあげても良いのにな、みたいなツイートを見たけど、それならメールで連絡すれば良いんです。そういう行動にならないのは、理論を広めたい俺と手伝ってあげても良いと考えている自分、という考え方をしているから。
そうでなく例えば日本とか人類とかの社会の目的のためにということなら、自分の方から連絡した方が良い、なぜなら俺は一人で自分たちは複数人だから、マッチングとしてそちらの方が効率が良い。

追記:google翻訳の性能が上がってるよ!なんてツイートも見て、まあ使うけど、翻訳以外にも手伝うことはいくらでもあるからね。まあ結局、社会のためとか、政権批判とか、全部趣味なんだよね。それ以外だとこの状況は何なんだろう。何か話す時に、話し合った上で怒ってないのか、単に核心を突いてないから怒ってないのか(あるいは無視して無いのか)、ということをよく考えるんだけど、この件の核心ってそれ以外の何なんだろう。そしてそのRPGの設定のようなものの土台が揺らいでいる事に、気付いた方が良いよ。

2019年3月18日 8:59

一つ前のは功利主義とトロッコ問題の話でもあるんだと思うな。最大多数の最大幸福の功利主義が目的の達成を重視する立場だとしたら、3人助けるために路線を切り替えて1人轢き殺すのはどうなんだというトロッコ問題は権限を重視する立場。人間は目的と権限だと権限を重視する傾向にあるというのは言えると思う。
その二つへの反論で、犯罪者への見せしめを構成員が喜んで見るのは、どちらにも反してないのにどうなんだというのがあるけど、でそれは構成員の目的の達成とは関係無いから憐れみと呼ばれるわけだけど、その話のつもりも無いしね。

国家をゲシュタルトだとすれば、その目的の達成は安倍晋三氏の美しい国で、国際に視点を移せば分かりやすいと思うけど、権限はトランプ氏。
あえて付け加えるとしたらそれらもあると思うけど、これら5つは哲学的にはどれが正しいというわけでも無いんだよね、好みはどれかという問題でしか無い。
憐れみということなら、広告的だというのも含めてPETAとかが重要になってくると思う。俺は、単に憐れみというよりもう少ししっかり、自然よりひどいかどうかというのが一つの尺度としてあるべきだと思うね。つまり殺虫剤とか活造りとかを肯定する際には、自然においてのそういう殺され方を集めて、こういう例が結構あって自分たちはこれと同じだと主張すべきだと思うね。で反論する側は、そういう殺され方は事故であって、一般的な殺され方では無いと批判すべきだろうな、ある種の制度として。憐れみに整合性は無いと言うけど、だとしたら国家運営の方針や正義にはならないと思うのよね、主張として無理があると思う。

追記:思想戦みたいなものって、例えば統計vs工学みたいなのって、俺には https://twitter.com/cpt_nukom/status/700120044768899072 みたいに見えるんだよね。すごく馬鹿っぽい。で提唱は「\(^o^)/」、俺のこれを書いている声の調子みたいなものもそういう所があって、ここ最近すごく反省している。

追記2:マイケルサンデルの番組でその3つが紹介されてたと思ったけど、3つ目は憐れみじゃなかったっけか。もっと違う普遍的正義みたいなまとめ方だったっけか、本当に忘れた。で追記の提唱も、提唱というより意見を唱えるぐらいのつもりだったし。最近一日一項目のペースでデザインパターンの本読んでて、疲れてるんだよね。

追記3:中古で1000円で手にいれて、2ページ読んで40分休憩して2ページ読んで40分休憩して、涙ぐましいねえ我ながら。

2019年3月29日 12:42

デザインパターンの本(GoF本)を読み終わった。一ヶ月ほどかかった。苦行だった。
分かりにくさの一番の原因は翻訳だったと思う。( https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=386394378439991&id=100012082960377 )みたいに括弧で何通りの解釈が可能かを示すツールがあったら、もう少し分かりやすい翻訳になったのかもしれない。自然言語特有の恣意的で何通りも解釈があるような文を、図式的(技術的?)な想像で補って読む必要があって、これは上級者向けだと思った。あとがきに

「本書の主たる目的の1つは、オブジェクト指向設計を新人設計者に教えることであったため、カタログを改良する必要があることは分かっていた。そこで、平均して1つのパターンあたり2ページに満たなかった説明を、使ってみたくなるような詳細な例題とサンプルコードを含めて10ページ以上にふくらませた。また、パターンのトレードオフやさまざまな実装法についても検討を開始した。これにより、パターンは学びやすくなった。」

という風に書いてあるんで、俺より対象読者は上だとは思うけど、本来的にはそこまで極端に外れているわけでも無いだろうと思う。翻訳は難しかったけど、辞書的に使う中で、こういう風な詳細な議論がどういう風に効いてくるかを見ないと、この本の良さというのは分からない。

目次ではアルファベット順で並んでいるが、意味で並べ直すとこうなるんでないかと思う。

「生成」
Builder
Factory Method
Abstract Factory
Prototype
Singleton

「構造」
Adapter
Bridge
Proxy
Composite
Decorator
Facade
Flyweight

「振る舞い」
Mediator
Observer

Iterator
Visitor

Template Method
Chain of responsibility

State
Strategy
Command

Memento
Interpreter

あくまで現在の理解ではこうなるというだけで、真面目に取らないでほしい。ある種の探検記というか、見当違いなことを言っているのも楽しみの1つだと考えてほしい。
例えば多様体への理解は間違っていたと分かった。何なら別の件でもソファーはいらないかもしれないと書いたが、俺は今ソファーを探している。

追記:言語の争いとか、エディタの争いとか、冗談だと思っていたのだけど、詳しく調べてみるとなんかマジみたいなんだよね。工学を根拠にしたら少しは風通しが良くなるかと思ったけど、そういうわけでも無いらしい。まあ人間なんてそういうものというか、例えば俺もネットで見るのはアルファブロガーだったりするし、よくやるゲームも殺しだし、社会人というのも戦士なんだと思うし、生存上それが有利だったんだから仕方ない、それで他のホモ属はいないわけだしな。いやいや物語みたいなことじゃなくてね、普通にそうなんだろうなと思うよ。

追記2:物語じゃないというのも日本的な物語なわけだけども、一方でアフリカだろうが中国だろうがどこの群れにもそういう奴はいるわけで、そういう風に本当のことを言うというのをやりたいし続けたい。いやソクラテスじゃなくてね、あれは本体はアリストテレスで、1000年続いているし、人間的な謙虚でしか無いよ。言うなれば法家に至る前の儒家と同一現象だ。

追記3:類推はやめた方が良いんだろうなあと思うよ、現に俺も間違えているわけだし、いや普通の話として。

追記4:それが可能か(また有益か)は今の俺には分からないが、もし現代のネットでデザインパターンを勉強するならだけど、図(ダイアグラム?)みたいなのを参考にすれば良いと思う。本を読んでいてあれは分かりやすかった。

2019年3月31日 9:02

反出生主義は面白いよなあ。
俺は反出生主義には本気で反論する気になれないんだよね、というのも公害病で思い描かれている構図って、実際には反出生主義と同じものだからね(マルクス主義だろうが何だろうが)。
まあでもディベートとして面白いんで、昔、反出生主義者たちに反論したことがあったな。

そいつらは産むという行為は博打に強制参加させるということだと主張していた。で俺はそれに対して、人間は産まないという行為によって常に「ドラえもんのどくさいスイッチ(相手が存在していた事実を消してしまう、最後には使用者が1人になってしまう)」を押し続けているのと同じなのであって、産まないのも博打だみたいな反論をしたんだよね。
プラス要素まで勘案すれば、産むという博打の否定も博打で、哲学的には何も主張できなくなってしまう。

まあでも俺は、東浩紀さんの思想っていうのはシャーマニズムなんだと思うな。俺の場合は、「〜とは?」だとかの問いに対して、自然言語処理というのも含めて、工学的な枠組みでの応答が可能なんだという立場なわけだけども。
実用の中で自然言語理論が定まって、俺の文章もこんなに他の場合があるだとか検算できるようになると思ってるし、何なら2割とか3割の文章に間違いがあるということになっても驚かない。

追記:うーんタイミングが悪い。まあ、これはこっちの話ですけど、そうじゃないです。

追記2:俺の文体がどうこうという批判も、なぜ俺が文体を持たなければいけないと思っているのかが分からない。紋切り型の、誰かが作ったスイッチでビクッビクッと反応しているだけでしか無い。俺の言っていることっていうのはすごく具体的な話で、例えば日常の中でどういう時に自分の考えを変えるかって、現実に合わないと分かったら変えるわけでしょう。これは現実と論理みたいなソシュールとかマルクスとかみたいな話で無くて、例えば想定されるこの場合と理論に整合性が無いだとか、そういう論理的な意味でのできるかできないかというのも含めてね。哲学者と呼ばれていた奴らが考えを変える時っていうのは、つまりそういう風に変わっていると思うんだよね。いや俺は哲学書なんてほとんど読んだことは無いんだけど、あれはアカデミズムができる前のものだと思うし。

追記3:まあ論理っていうのは、神経についた癖だとか、本能だとかには無力だったりするわけだけどね。でもこういう風に、疑ったり何が正しいのかを知る契機にはなるのは確かだと思う。投票は個人のスケールで統計的に誤差だというのは論理でしか無い。

追記4:今思いついたんだけどさ、なんで経済成長しなければいけないかって、国家の予算の問題だよね(利率の分のお金が増えなければならないみたいなのは、つまり二者で同額のお金を貸し合って、交換で戻した後、更に利率分を交換で戻して、その後に動きを止めれば良い)。で「資本主義を支持する」と言った時の「資本主義」はつまり徴税を少なくするということなわけじゃん(資本主義は主義では無いし、警察の国際的な連携を考えると徴税をゼロにすることはできない)。これって矛盾なんだよね。(エリートの諸君は共産主義の体制下にあっては自分が共産主義を支持しただろうという事実を見つめなければならない、スイッチだ。)

追記5:まあ俺の言っていることも結局は「百姓アナーキー」でしか無いわけだけどね。宗教嫌いや先祖嫌いも含めてね。